2009年10月22日

1週間

夕陽がとてもきれいな日だった。
満天の星空だった。
この日を忘れないようにしようと、撮った1枚。

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未だに上手く受け止めきれない、納得のいかない突然の別れ。

青ヶ島が大好きだったのに。
青ヶ島の海が大好きだったのに。
そして人が大好きだったのに。

青ヶ島の子供たちが大好きで、あんなに想っていたのに。


亡くなる2日前、いつものように島の子供たちのこと語ったなぁ。
若い衆の成長を自慢げに語りながら、「俺もまだまだ負けてられない、
我々も頑張ろう!」って言ってたのに。。。


11年前に若くして亡くなった夫の弟。
毎年命日になると、真っ先に墓場の草を刈って、供養の酒を酌み交わしてくれた。

どうして、同じ青ヶ島の海で。。。

今頃、どこかで一緒にいるのかな?
そう思うことだけが、今唯一の救いかな。


故郷の島をあんなに自慢してたのに。
あと数年したら故郷に帰るはずだったのに。
還住丸のデッキに立って、笑顔で手を振って青ヶ島を旅立つはずだったのに。
こんな形で青ヶ島を後にするなんて…。


棺が青ヶ島を出発した時、太陽がジリジリと照りつけて、すごく暑かった。
彼らしい天気だった。
サンオイルでも塗ってその辺に寝そべっていそうな。

青ヶ島には欠かせない人だった。

未だに心の整理がつかなくて、ため息ばかりの毎日。
毎夜寂しくて、亡くなる前によく飲んだ、馴染みのお店に行って、
みんなで語ってもやっぱりその穴は埋まらない。
安らかに眠って…なんて、まだ思えないよ。


でも、「そんな辛気臭い顔しないでよ〜!」って声が聞こえてきそう。

今日は初七日。
辛くたってちゃんと受け止めて、前に進まなきゃいけないね。

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posted by aura* at 00:25| Comment(14) | TrackBack(0) | その他の青ヶ島の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ブログの更新がなく、寂しく思っていましたが、そのような、ご事情でしたか。
ご冥福をお祈りします。
Posted by 劉朗 at 2009年10月22日 01:03
突然の別れは
本当に、寂しいものです。

心からの御冥福 お祈り致します。
Posted by なすがママ at 2009年10月22日 04:21
悲しい文面に思わずメールしました。元気を取り戻すのは少し時間が必要ですね。御無沙汰でしたがブログいつも見てます。牛祭りも運動会もバレーボール大会も・・・。写真の中に御世話になった方々が大勢いるので。3年前に離島した今でも感慨深いものがあります。みんなが親しい島だから喜びも悲しみも大きいんですね。心から御冥福をお祈りします。
Posted by コブ苦労人 at 2009年10月22日 16:21
長期旅行?お引越し?などとのんきなことを思っておりました。このようなご事情とは・・・。
さよならをいわず旅立ってしまわれたのですね。
こころよりご冥福をお祈りいたします。
Posted by s-liry at 2009年10月22日 16:48
ご心配をおかけしました。
しばらく更新せずにすみませんでした。
小さな島ですから、ほぼ全員が親しい仲間のようなものです。
突然のことで、島中が悲しみに包まれました。
本当に残念なことですが、前に進まなくてはなりませんね。
Posted by 劉朗さんへ at 2009年10月22日 21:42
つい数日前まで、元気にお話をしていたのに、
本当に残念でなりません。
心の整理がつくのには、時間が必要かもしれません。
でも少しずつ受け止めて、前に進んでいかなくてはいけませんね。
Posted by なすがママさんへ at 2009年10月22日 21:47
お久しぶりです。
ブログ見てくださってありがとうございます。
体育館も3周年を迎えました。早いものですね。

今回はあまりにも突然の出来事で、なかなか気持ちを
切り替えることが出来ないのが正直なところです。
いつも気さくに声をかけてくださる、とても明るくて良い方でした。
今でも信じたくない気持でいっぱいです。
でも、そろそろ前を向いていかないとです。

Posted by コブ苦労人さんへ at 2009年10月22日 21:52
ご心配をおかけしました。
しばらくお休みしてしまってすみません。
何も言わずに突然のお別れって、本当につらいですね。
いつまでも落ち込んでいてはいけないなと思う日々です。
Posted by s-liryさんへ at 2009年10月22日 21:56
お久し振りです。

我が家の旦那にも、仕事帰りに悲報が届いたようで、
帰ってくるなり、目を真っ赤にしながら
言葉もなくうなだれていました。

旦那が島での仕事を終えて、こっちに戻ってきてからも、
なにかの折には電話をくださっていたようで、そのたびに旦那は
「帰ってからも忘れずにいてくれて、
本当に嬉しい。絶対また会いたい」と言っていました。

私は数日のお付き合いしかさせて頂いてませんが、
島に滞在していたその数日だけでも、
私や息子に笑顔で話しかけてくださり、
とても嬉しかったことを覚えています。

心より、ご冥福をお祈り致します。
Posted by ジャスミン at 2009年10月23日 21:58
お久しぶりです。
ジャスミンさんがおっしゃる通り、誰にでも気さくに
声をかけてくれる方でしたね。
仕事などで青ヶ島にいらした方には、特に心強かったと思います。
ご主人も一時代を一緒に過ごしただけに、
ショックも大きいことでしょうね。

まだ正直島の人の心の中も曇ったままだと思いますが、
少しずつ受け入れていかないければならないと思っています。
故人を忘れないでいましょうね。
Posted by ジャスミンさんへ at 2009年10月24日 06:31
とぼとぼと道端を歩いてると、よく後ろから
車を運転しながら、「元気かぁ?」
って、声をかけてくれたsさん
今でも聞こえてきそうです。

ほんとに突然のお別れでしたね。

でも、思い出は沢山山積みのsさん

生老病死は避けられないけど…

sさんのことを忘れないでいる人は

いっぱいいるはず。

私もその1人です
sさんの他に、大千代港の崖崩れで
亡くなったtさん、局長さん…

ふと、涙が溢れます
でもそんな時に生きていた頃に励まして
くれたその言葉がふと思い出されます。

あの人の分も精一杯自分の残りの使命果たし
ながら、生きていこうって自分を励ましながら…
だからmさん、そしてaeraさん
ずっと健康で幸せでいてください。

Posted by natuki at 2009年10月25日 20:32
自分自身のことも、人との関わりも、1日1日大切にって改めて思いました。
青ヶ島の人たちは、突然の別れを何度か経験しているんですよね。
私は初めてなので、まだ上手く心の整理がつきません。
でも、頑張りますね。ありがとうございます。
Posted by natsukiさんへ at 2009年10月28日 10:12
はじめてメールします。実は7年前青ヶ島小学校に勤務していて、懐かしくてメールしました。青ヶ島・・・やっぱり懐かしくて今すぐ行きたいです。これからも楽しみに拝見させて頂きます。
Posted by サントウ at 2009年11月15日 19:10
コメントありがとうございます。
7年前というと私が青ヶ島に嫁いで1年目くらいでしょうか?
お会いしているのかな?
お名前の通りのサントウさんですか?

青ヶ島もそのころに比べると、港の様子なども
だいぶ変わっていますね。
懐かしい顔にぜひ、会いに来てください^^
お待ちしておりますよ!
Posted by サントウさんへ at 2009年11月16日 10:19
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